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 ヒーローは誰か
「安全と健康」誌 2009年5月1日発行

 プロフィール

◇ 准教授 木村 哲也 (きむら てつや)

 1995年東京工業大学博士課程単位認定退学。神戸大学助手、大阪府立大学助手を経て2001年より現職。 システム制御工学と国際安全規格の立場からサービスロボットの安全の研究に取り組む。博士(工学)。



 2009年1月15日、ニューヨークの空港を出発した旅客機USエアウェイズ1549便は離陸直後に鳥が衝突し全エンジンが停止した。 都市部墜落という大惨事になってもおかしくない危機的状況であったが、機長の適切な判断と操縦により、旅客機はハドソン川に着水し、 乗客乗員155名全員が無事に救助されるという奇跡的結果となった。極限状況を乗り越えた機長は「奇跡のヒーロー」として称賛され一躍時の人となったが、 奇跡のヒーローを支えた者たちの役割を忘れてはならない。

▽ 大惨事回避の3要素

2009年2月24日に開かれたアメリカ連邦航空局(FAA)委員会でのP.ギリガン氏(FAA航空安全部門副責任者)の証言から、次の(A)?(C)の3点が大惨事回避の要因としてみて取れる。

(A) バードストライク事故注)発生確率の低減への取組み:FAAではバードストライク事故情報を積極的に収集し、DNA分析により事故に関与した鳥の種類を明らかにして、 空港運営や航空機設計に役立てている。また「野生動物アセスメント」を実施し、必要に応じて鳥の生息地を空路近辺から排除すること(沼の埋め立て等)も実施している。 このような取組みがなければ、より大量の鳥がエンジンに吸い込まれ、事故が重大になっていたことが考えられる。

(B) 航空機の安全認証と事故時の生存可能性向上への取組み:航空機は技術基準に基づき安全認証を受けている。 例えば、エンジンは一定量の鳥を吸い込んでも、危険な大破断や火災を生じず安全に停止することが求められている。 また、機体は着水時の生存可能性を向上させるため、水面に浮いている時間の確保など脱出に配慮した設計がされている。

(C) 関係職員の訓練:脱出時の実際の状況を反映したシナリオに基づく乗員訓練が実施されており、機長、副操縦士、3名の客室乗務員すべてが今回与えられた役割を適切に果たした。 また、航空管制官も緊急着陸に障害となる飛行機の排除等の対応を適切に行った。着水した機体からの救助ではニューヨーク市消防局等の対応も適切で迅速であった。

上記(A)~(C)のどこかに安全上の穴(例えば技術基準の不備、乗員訓練での手抜き)があれば、奇跡のヒーローの誕生はなかったかもしれない。 今回の大惨事の回避は、多くの航空安全関係者の継続的努力の賜物であり、関係者全員が「乗客乗員の命を守るために最大限の努力をする」というヒーローの心を持っていたと言えるだろう。


▽ 産業機械の安全確保も同じ

ところで、産業機械の安全設計の基本となる国際安全規格ISO 12100 (JIS B 9700)では、(A) 危険源を事前に排除する本質安全設計を基本に、 (B) 合理的予見可能な誤使用を考慮し規格に基づく安全設計を実施し、(C) 使用者の訓練により安全を確保すること、を求めており、今回の大惨事回避の要因と同じ構造を見ることができる。 航空安全と産業機械安全と分野が異なっても安全の原則は同一であり、その遵守は事故を防ぐ基本である。しかし実際の現場では、安全要件の実施に厳しい経済的要求から反対にあうことも多々ある。 厳しい経済的要求に屈せず、安全上の判断を適切に行う職場での安全関係者は、事故を未然に防いでいる陰のヒーローたちといえるだろう。


   注) 鳥の衝突によって引き起こされる事故






 
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