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 病院での患者取り違え 〜ヒューマンエラー防止に向けた組織的取り組みの重要性〜
「安全と健康」誌 2011年11月1日発行

 プロフィール

◇ 准教授 岡本 満喜子 (おかもと まきこ)

1996年同志社大学法学研究科修了。1998年弁護士登録。 プログレ法律特許事務所、国土交通省主任運輸安全調査官を経て、2011年長岡技術科学大学准教授。 博士(人間科学)。専門は安全に関する法規制、ヒューマンエラー、組織事故と安全文化。


▽ 1 事案の概要

1999年1月11日、横浜市の病院で、心臓手術を行う患者Aと肺の手術を行う患者Bを取り違え、双方にとって不要な手術が行われた。 この事故で、患者Aと患者Bの執刀担当医師および麻酔担当の医師、病棟で入院患者の看護等を行う看護師(病棟看護師)、手術室で医師の介助等を行う看護師(手術室看護師)が 業務上過失傷害罪に問われ、いずれも有罪判決が言い渡された。
この事故の直接の原因は各個人の「ヒューマンエラー」等の要因である。上記判決では、このうち刑法上の「過失」と認定できる事象について述べている。
手術当日、病棟看護師は、患者Aと患者Bを手術室看護師に引き継ぐときに、同時に2人を引き継ぐにもかかわらず、いずれがAかBか認識しにくい方法で引き継いだ。 手術看護師は引き継ぎの際、AとBの区別が判然としないまま、間違えても誰かが指摘するだろうといった思いから明確に確認しなかった。 AとBの麻酔担当の医師らは麻酔を開始するに際し、患者の身体的特徴や処置の状況、病巣の状態から患者の同一性について疑念を示しつつ、十分な確認をしなかった。 執刀担当医師らは、手術現場での検査の数値や所見が従前と異なることに気づきつつ、取り違えに思い至らないまま手術を行った。


▽ 2 ヒューマンエラーは本人が注意すれば防げるのか

これらをみると、分かってくれる「だろう」、誰かが気づく「だろう」、間違いない「だろう」という「思い込み」によるエラー、 また疑いを持って会話しつつ確認に至らなかった意思疎通の問題(コミュニケーションエラー)が存在すると考えられる。
しかし、だからといって個人の注意喚起を呼びかけるだけでは、真の再発防止策にならない。本人に起因する要因だけでなく、作業手順(例、1人の看護師で2人の患者を移動)、 作業に使われる設備や機器(例、患者が誰かを示す腕輪の不使用)、作業環境(例、当事者・関係者が皆多忙)、一緒に作業を行う人とのかかわり(例、確認会話の不実地) という多角的な視点から事故を分析し、対策を立案する必要がある。
そしてさらに重要なのが、組織としての安全マネジメントである。手順、設備、職場環境をより良くするために、俯瞰的な視点から業務全般を見渡し、 根本的な問題解決に資する対策を検討することが大切である。
労働現場におけるヒューマンエラーの防止というと、個人の知識・技量の向上や「過失」の処罰が注目されがちであるが、 組織としてできることはないかという視点から安全確保に取り組み、職場の安全風土の向上を図ることが重要であろう。






 
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