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 マンチェスター科学・産業博物館訪問記 150年前の綿紡績工場を再現
「安全と健康」誌 2011年12月1日発行

 プロフィール

◇ 教授 三上 喜貴 (みかみ よしき)

1975年東京大学工学部計数工学科卒業。通商産業省入省。情報政策企画室長等を経て、 1997年長岡技術科学大学技術経営研究科教授。安全の制度設計に関する研究に従事。 慶応義塾大学政策メディア研究科より博士号。


▽ マンチェスターの科学・産業博物館

イギリスのマンチェスターに科学・産業博物館(MOSI注1))がある。 かつて、リバプール港に陸揚げされた原料綿を「世界の工場」といわれたマンチェスターの工場群に運び入れた鉄道駅舎を改造して作られたものだ。
筆者は2010年11月、この博物館を訪ねた。巨大な博物館であり、何百種類もの動力機関を展示する動力館、航空宇宙館、マンチェスターの都市開発の歴史館など、 いずれも見ごたえがあるが、中でも本誌の読者にお勧めしたいのは綿工業館である。
ここには、当時の綿紡績工場で使われていた機械の一セットが所狭しと並べてある。すべて動く状態で保存され、一日に何回か、実際に機械を動かして説明される。 私は、小学生と思われる20人くらいの子どもたちと若者のカップル数組と一緒に、これまで何千回と繰り返されてきたであろう説明を聞いた。 筆者が驚いたのは、ボランティア解説員による、当時の綿工場の危険な実態の説明が、エンゲルス注2)の『イギリスにおける労働者階級の状態』の記述そっくりだったことだ。 同書の中で、エンゲルスはマンチェスターにおける労働災害の悲惨さを次のように書き留めている。
「機械装置のもっとも危険な個所は、動力を軸からそれぞれの機械に伝えるベルトである。・・・このベルトにはさまれた者は、動力によって矢のようなはやさでふりまわされ、 骨一本も残らず即死してしまうような力で、上は天井に、下は床にたたきつけられる。1843年6月12日から8月3日までのあいだに、 『マンチェスター・ガーディアン』は次のような重大事故について報じている」
そして、紡車の間で手を押しつぶされ破傷風で死んだ少年のこと、ベルトにはさまれて50回振りまわされ骨がみな折れて死んだ少女のこと、 原綿を受け入れる最初の機械である送風機に落ち込んでしまい体を切断されて死んだ少女のことなど、2カ月弱の期間に起こった6件の悲惨な事故を記述している。 この展示室の天井には動力を伝える軸と多数のプーリーが回っており、そこにかけられた皮のベルトもおそらく当時のままなのだろう。 ビス止めした継ぎ目あたりに突起があって、いかにも作業者の袖を巻き込みそうである。工場で働いていた10歳くらいの子どもがやすやすと天井まで持ち上げられてしまったという記述が納得できる。 工場内の激しい騒音や綿埃の立つさまも体感された(もちろん私が感じたものとは比較にならない酷さだったと思う)。


▽ 歴史の継承の大切さ

先達の努力の跡から学ぶべきことは多い。歴史の悲惨さから学ぶことも大きい。 東京・田町の産業安全技術館が事業仕分けで閉鎖になったというニュースにショックを受けたが、200年近い歴史を持つマンチェスターの綿紡績工場の悲惨だった実態はいまもこうして継承されている。
今年は産業安全運動100年記念の年。産業安全に関する歴史の保存ということにももっと光が当てられるべきだろう。


  注1) MOSI:Museum Of Science and Industry
   注2) エンゲルス(Friedrich Engels, 1820~1895):ドイツの思想家・革命家







 
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