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信楽高原鉄道における列車正面衝突事故 〜手続きを無視したことによる事故〜
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「安全と健康」誌 2011年7月1日発行
プロフィール
◇ 教授 福田 隆文 (ふくだ たかぶみ)
1979年横浜国立大学工学部卒、同年東洋電機製造梶A1987年横浜国大助手。
同講師、長岡技術科学大学システム安全系准教授を経て、2010年同教授。博士(工学)。
IEC/TC44およびISO/TC130の国内委員会主査。
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▽ 事故概要と原因
死者42人、負傷者600人以上の大惨事となったこの列車正面衝突事故は、
1991年5月14日10時40分頃、信楽高原鉄道(貴生川?信楽)で発生した。
JR西日本から貴生川駅経由で乗り入れた信楽行きの列車が、本来のすれ違い場所である小野谷信号場を出た直後に、
遅延していた対向列車、信楽高原鉄道の信楽駅発貴生川行きの列車と衝突した。
JR列車が小野谷信号場を通過できるようにするため、小野谷信号場の報告優先梃子をJRが遠隔で操作したのをきっかけに、
信楽駅の発車信号気が赤のまま変わらなくなってしまった。
出発列車のある信楽駅では、信号機システムの点検を始めたが、原因は見つからず、復旧できなかった。当日は、
近畿運輸局の査察が予定されており、信楽高原鉄道では、10時14分発の当該列車で常務取締役らが担当官を迎えに行かなければならないという、
関係者が焦る原因もあり、結局、修理が済まないまま列車を発車させてしまった。
このような場合、職員が小野谷信号場に行き、対向列車がないことを確認・連絡し、
これらの手順が済んだ後に待避線区間にある信号場の対向列車の信号を赤にすることが取り決められていたが、
車で出発した職員が信号場到着の前に列車出てしまった。
また、信号トラブルの発端となった方向優先梃子はJRが運輸省(現国土交通省)に無届けで設置し、信楽高原鉄道にも明確に伝えていなかった。
実は、この事故の前1カ月の間に、類似のトラブルが3回発生していた。3回目のトラブルでも手続きを経ずに出発していたが、
誤出発検知装置が作動して事故に至らなかった(今回の事故では何らかの原因で作動しなった)。
この事故は、ハードウェア的な原因はもちろん、ヒューマンファクターの面など多くの視点で議論されているが、
安全のための規則が軽んじられ、そのとおりに実行されなかったことにより発生したことは間違いない。
▽ ちょっとした作業でも手順遵守が安全の要
この事故は鉄道という大きなシステム上のことであるが、日々のトラブルシューティングでも同じような状況があるだろう。
納期が迫っているときにプレスの調子が悪くなり、焦って安全ブロックを入れずにメンテナンス作業をしてしまったことがないだろうか。
中災防安全衛生情報センターの災害事例注)で「安全ブロック」というキーワードで検索すると、11件の事例が出てくる。シャーの刃物交換時に、
安全ブロックを入れなかったために、不意に上刃が落下して死亡災害となった事例もある。
今回のような事故では、誤出発検知装置のようなハードウェア対策がとられていることも多く、不測の事態の際の安全手順に従わなくてもうまくいく場合が多い。
しかし、事故に至らないための最後の砦であるので、「どんなときでも確実に行う」という基本に忠実かつ地道な対応が災害を防いでいる、
ということを忘れないようにしたい。
注) http://www.jaish.gr.jp/anzen_pg/SAI_FND.aspx
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