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 ワシントン地下鉄での列車衝突事故   ~保安装置に対する安全管理、安全文化の欠如~
「安全と健康」誌 2011年8月1日発行

 プロフィール

◇ 教授 平尾 裕司 (ひらお ゆうじ)

1973年函館工業高等専門学校電気工学科卒業。財団法人鉄道総合技術研究所信号通信技術研究部部長を経て、 2007年長岡技術科学大学システム安全系教授。機能安全に関する研究に従事。博士(工学)東京大学。


▽ 自動列車制御装置(ATC)の不正動作で列車衝突事故

 2009年6月22日の午後5時頃、ワシントン地下鉄Red線フォート・トッテン駅の近くで停車していた列車に後続の列車が衝突し、 死者9人(運転士を含む)、負傷者52人の惨事となった。
 鉄道はこれまでの200年近い歴史の中で、多くの事故を教訓に、運転士の操作ミスや装置の故障などに対しても事故に至らないよう独自の保安装置を発展させてきた。 ATCは、前方の先行列車を検出してその手前に停止するよう、後続の列車に自動的にブレーキをかける装置であり、保安システムの要である。
 この事故の直接の原因は、ATCを構成している軌道回路という列車を検出する装置の不正動作である。軌道回路では、列車が走行する線路を数十~数百メートルの区間に区分し、 その区間に存在する列車を検出する。
 この事故における軌道回路の不正動作は、軌道回路の構成要素の一つで、レールに取り付けるトランス(インピーダンスボンド)を別のメーカーのものに更新したことによって生じた。 このトランスは電気特性が異なるため、軌道回路への出力増加が必要となり、その結果として不正誘導信号が発生して処理部に入り込み、列車が存在するにもかかわらず列車が検出されないこととなった。 先行列車が検出されなければ、後続の列車には通常の運転速度での走行が許可される。


▽ 安全管理、安全文化の欠如

 このように、ワシントン地下鉄の事故は保安装置の不正動作のために発生している。 しかし、その根本原因は、ワシントン地下鉄の組織としての安全管理、安全文化の欠如にある。事実、2005年には、幸い衝突には至らなかったものの、 今回と同様な軌道回路の不正動作によって2件の事故が発生している。軌道回路の不正動作への対策とその試験方法について、直後に文書で制定されたが、 設備保守責任者、担当者には周知されず、4年後の本事故に至った。
 また、今回の事故の5日前にトランスを更新し、設備保守責任者、担当者、軌道回路が安定かつ正常に動作していないことを把握していながら、 十分な安全対策をとっていなかった。さらに、軌道回路の不正動作の場合には、運転席上のATC信号は停止信号になるが、 不正動作があった5日間でATCの異常を報告する運転士はいなかった。
 重要なことは、保安装置であってもその機能が発揮されるには保守などを含めて条件があり、それは組織としての安全管理、安全文化によって確保されているということである。 機械安全や労働安全においても、同様である。






 
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